真のキャリア概念と強化

キャリア』とは・・・職業・経歴・学歴などの職業キャリアではなく、人の生き方を左右する自らの意志・意識にて出し入れ可能な能力と捉えています。

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(画像『ルーシー』より。記事とは関係なし

会社組織で働いても、自ら事業(個人事業・起業家など)をやっていても普通に「キャリア(能力)」は身に付いていきます。
しかしそれだけでは、「真のキャリア」にはなり得ません。

「キャリア」とは

一般的には、個人の経歴や学歴、経験、職務スキルなどの職業キャリアを指しています。

(携帯電話会社のキャリア(Carrier)とは違います。)

しかし、今や職業キャリアだけでは満足のいく生き方を歩めなくなっていることは誰しもが気付いているはずです。
それが明確に現れているのが、定年後・退職後の過ごし方の落差(精神的格差)です。

「満足?後悔?定年期をピーク・エンドで考える」別記事>>

勿論定年後・退職後だけのことだけではなく、ワークライフバランス推進、イクメン制、女性管理職割合増の推進などなど、社会の環境変化、ダイバーシティ導入、制度変革(誰の思惑とかは抜きにして)による仕事・会社を中心とした生活から、個人の生き方を重んじる生活へとシフトしたため、個人の能力は職業キャリアのみならず、個人の生き方に関わるキャリアが必要になったのです。

問題は、これまでの義務教育、会社等での研修では、そのようなキャリアの育成は成されていません。会社組織、団体組織に都合の良い教育・研修だからです。

「メンター制度」の名のもと、後輩育成をしている企業もありますが、‥‥メンターでもなく、先輩として後輩に教えるだけの制度です。(評価制は別にして)

メンターやロールモデルとは、自身が理想・尊敬すべき人でなければならず、社内でのメンター制度では、「真のキャリア」は身に付かないと言えるでしょう。

私は、本来の「キャリア(Career)」を、職業とか経歴とか学歴とかは関係なく、生活全般(人生・生き方)における

自らの意志・意識にて出し入れが可能な能力

と捉えたのです。
(「宝の持ち腐れ」の能力は、キャリアとは言えません。)

前回の「セレンディピティ」(※前回の記事

(=偶然または聡明さによって、予期しない幸運に出会う能力)のような察知・発見能力は自分の(無意識領域での能力であって)意識的に出せる能力ではありませんが、その場面において意識的な興味、察知、分析、結合などがあってこそ発揮する能力です。
それらを意識的に行なえないのなら、察知・発見することなどできないのです。

「セレンディピティ」は、米大学心理学部教授ジョン・D・クルンボルツ氏らによる

計画された偶然の出来事(プランド ハプンスタンス)」に類似しています。詳細>>

もう一つの「キャリア」

「キャリア(Career)」とは別に、「キャリア(Carrier)」があります。
このキャリアは、運搬する手段などの意なのですが、今回は含めて考えます。
自分自身がその運搬手段であり、保有している能力をその場、その時に必要なものとして出し入れできる有機体であるということです。

portable_sampこの持ち運びできる能力は

ポータブル・スキル(Portable Skill)」

と呼ばれています。

※「ポータブル」とは・・・携帯可能な、可搬な、という意味業種・職種関係なく、どんな仕事や職場でも活用できる汎用性の高いスキルと言われ、

専門的知識や技術など、資格や経験レベルなどで測定可能、証明しやすいスキル

洞察力、行動力、決断力、リーダーシップ力など測定不可、視覚化しにくいスキル

の2種類を主と考えられているのが「ポータブル・スキル」です。

自分本体で運搬「キャリア(Carrier)」している能力としての「キャリア(Career)」を環境や場面などに応じて意志・意識によって、活用できるものでなければならないのです。

例えば、どんなに高機能のスマートフォンを持ち歩いているとしても、電話とメール、ネットとゲームアプリしか使えないのなら、そのレベルのキャリア(Carrier)ですし、さらにツールを使って、仕事管理、時間管理、健康管理、顧客管理、マネジメント、音楽やデザイン制作などに使えるならば、そのレベルのキャリア(Carrier)となるのです。

「キャリア(Career)」がソフトであれば、

「キャリア(Carrier)」がハードとなります。

この両方のキャリアがあることによって「真のキャリア」となるのです。

私はこの「真のキャリア」を総称して、「パーソナル・ケイパビリティP.C.」と呼んでいます。

「キャリア」を活かすかどうか

個々人のもつ「キャリア」は様々です。
問題は、そのキャリアを活かせているのか、周囲に認知されているのか、・・・ということ。

従来のキャリアとは、出世、昇格などに使われてきたものですが、今では個人の活かす能力として使われています。

会社に雇用されるためのキャリア(能力)・・・「エンプロイアビリティ(Employability)」(雇用される能力・就業能力)もその一つで人事異動や転職を前提とする社会の中で通用する能力、環境適応力も含めた個人の能力の開発推進の流れも2000年代以降、浸透し始めました。

私は10年前ほどから、社内のエンプロイアビリティを推進するために従業員のための教育体制を拡げようと試みたのですが、実際には、経営者側からすると費用が必要であること、また従業員側もそれほど、個人の能力開発を望んでいないという現状も垣間見れたのです。

それは他の会社も同じではないかと感じます。あなたのお勤めの会社は、エンプロイアビリティの取り組みをしていますか?

個人の成長を望む人においては、自ずと能力開発の修学を進めていきます。

会社組織内でのキャリア、いわゆる伝統的線形キャリア(階層型昇進)に関わらず、どの会社でも活かせる能力、自分が強化したい能力というものを自己分析の中で見つけ出し、そこにエネルギーを費やします。

自身の成長している姿というものを自己評価した場合、歩んできた日数、経験に応じた成長をしているのかどうか・・・ということを自己分析することが出来ているか・・・それをせずに、何となく時を過ごすのは勿体ない人生を歩んでいることに他ならないわけです。

今日も働いて食べた。明日も働いて食べた。
そうやって毎年毎年、働いて食べ続けるだけだったら、
そこには何か立派なことがあると言えるでしょうか?

昨日の私と今日の私が同じではいけないのです。
それは、1日24時間=1440分、全く同じ行動をしているわけではないのですから。

しかし、そこに意識・意志というものが働いていないと、(習慣化された無意識的行動で日々を送ると)何となく過ごした感(惰性)の1日で終わるという生活になってしまいます。
それで成長を感じていないとしたら、本当に勿体ない1日であることは間違いありません。

学生も若い社会人も必要なことなのですが、私に特に、中高年の人にお勧めしたいのが「キャリア・デザイン」です。

キャリアデザイン』は・・・

生活全般(人生)におけるキャリア(能力)を自らの意志にてデザイン(コーディネート)することです。
ある意味、「ブループリント=人生設計」の概念に近いものとなります。
(※私の言う「ブループリント」は、魂の人生設計とは違います)

「キャリアデザイン」の概念は、複数の大学の学科にある「仕事(就業)のため」のキャリア形成、あるいは、一部のコーチ/カウンセラーが強調する「自己実現」的職業キャリアなど、いくつかの解釈があります。

私の目指す「キャリアデザイン」は、「自己実現」より「自己超越」を目的とした「キャリアデザイン」です。

これは、心理学者アルフレッド・アドラー氏の「他者貢献」の要素、そして世界的に有名なコンサルタント・スティーブン・R・コヴィー氏の「相互依存」をコアとする「自己超越」状態にすることです。

諦めムードになりがちな人が多い世の中ですが、その人に合わせる必要はありません。65歳、70歳、80歳まで(良い人生という意味で)働かなければならないわけで、「諦めるにはまだ早い!」・・・これが心の中の声ではないでしょうか。

これからも「できること」は沢山あるのです。

キャリア・デザインによるパーソナル・ケイパビリティ>>

『幻魔大戦』

画像『幻魔大戦』より‥‥記事とは関係ないです 笑)