成功しないのは「行動するから」である(2)

<<別記事「成功しないのは「行動するから」である(1)」 

成功の反対は失敗ではなく、行動しないことだ」‥‥これは、成功の望む人にとっては、抽象的であり、かつ「行動」しても「成功していない」人が多い、というのも事実です。

確かに、成功を望むなら何かしらの行動が必要です。

行動しないことは現状維持ではなく、衰退に繋がるからです。(別記事

成功しない人は行動しない人

成功持論かどうかは分かりませんが、「成功の反対は失敗ではなく、行動しないことだ」は、成功したい人へのアドバイスになっていない、と気づいたのです。(これでは伝わらないよね。という意味です)

そのため、前回の結論として、

「成長するためには、トライ(Try)が必要であり、成功するためには、チャレンジ(Challenge)が必要である」

新しいことにトライ(Try)すること、戦いを挑むチャレンジ(Challenge)です。

ただ多くの方は、チャレンジやトライよりも「行動」のコトバの方がなじみ深いですし、使いやすいでしょう。「成功するために、行動しましょう!」というセリフは今後も伝えられると思います。

それでは今回、その「行動」について、少し語ってみます。私は、「行動」というコトバに課題があると感じました。

「行動」とは何か?

先ず、人は何かしら「行動」しているはずです。(起きていれば。)

そして、「成功したい」という思いで実際「行動」している人も数多くいます。

ですが、成功する人の方が少ない。それは、「成功しないのは、行動するから」ではないかと考えたわけです。

人は行動しているのに差が生じるのはなぜ?

人の「行動」とは多種多様です。

パソコンやスマホで、ネット検索したり、ブログ書いたり、本(e-book)を読んだりしていることでしょう。会社で働いているなら、日々仕事という「行動」をしているのです。

「行動」を分類してみましょう

先ず日本人の場合、「行動」というコトバをよく使用します。私も含め広義的な意味で使っているのです。

行動を英語で、「Action(アクション)」と訳する場合が多いのですが、海外でActionは、行動ではなく「行為」として捉えます。

行動は、「Behavior(ビヘイビァー)」であり、「行動」と「行為」は、社会学的、哲学的にも区別されています

さらに、「活動」=Activity(アクティビティ)というものがあります。そして、「動作」=Motion(モーション)です。

ある番組を視る目的で、テレビリモコンのスイッチを押す、のは「行為」ですが、帰宅したら、最初にテレビリモコンのスイッチを押す、は「動作」です。

そこには、意識の違いがあります。

【参考】

「行動」とは、人間を含む動物の活動や行ない全般を指す

「行為」とは、自らの意思で目的や意図があって行動すること

「活動」とは、目的達成のために活発に行動すること

「動作」とは、身体の動き、しぐさなど

これらを全て含めて「行動」している・・・生活だと考えた時に、「行動しよう!」・・・という他人からのコトバがあったとして、この「行動」の解釈が違うと、取り組む姿勢も変わります。

「行動」は受動的、または反応的であり、「行為」は能動的、または主体的である、という専門家もいます。

「成功するために、行動しよう!」の「行動」が、「(受動的)行動」なのか「(能動的)行為」なのか・・・これだけでも、取り組む姿勢とそこから生じる結果に違いが出そうな予感がしませんか。

成功する人としない人

常に行動している私たち人間の中で、なぜ、成果を出す人と、出さない人がいるのでしょうか。

雇用され続ける人と、解雇される人がいるのはなぜでしょうか。会社でいうと、生き残る会社と消えていく会社とは何が違うのでしょうか。

そこには、

意識的行動」と「無意識的行動

のバランスと質(レベル)が関係しているのではないかと・・・。

「意識的行動」は、「活動」や「行為」であり、「無意識的行動」は、「動作」や習慣的「行動」であるもと言えます。

日々の生活の中で、「行動」している、そのこと自体を分類することができるはずです。

朝起きて、食事、洗面、着替え、出勤、仕事、帰宅、入浴、テレビ視聴、睡眠。

人によっては、飲酒、インターネット、読書などもあり、個々人の生活内の「行動単位」をもっと細かく、分けることが出来るはずです。

その中で、「意識的行動」と「無意識的行動」はどのくらいの割合で行なっていると思われますか?

もし、日々同じ通勤経路、会社に行ったらいつもの仕事をこなして今日のスケジュールを終えたら、あるいは定時になったから帰る!

というルーチンワーク的であれば、「無意識的行動」の一種になります。

これは「意識的行動」ではなく、すでに「動作」という概念になるのではと。

極端な例えで言うと、営業職の方が、新規のお客さんを獲得するために、調査して営業をかける、のは行為ですが、今日のノルマ件数をこなすために、手当たり次第営業をかける、のは極論、訪問することが仕事になっていて、動作と同様の概念です。

活動であると主張する人もいるでしょうが、成果を出す目的よりも、ノルマ件数に重点に置いている、あるいは上司に怒られないように、または給料もらっているから営業的な行動をする、などこの時点で、それが習慣化されたルーチンワークであると言えるのです。

お昼になったからランチするためにお店に行く、食事をしたから歯みがきのために洗面所に行く、と同類の行動になるわけです。

もう一つの例えですが、(営業職の場合として)ランチの時間に、独りで食べる、あるいは同僚と食べるのではなく、尊敬する上司(他部署でもイイです)や役員、あるいは他異業の他社営業の人と話しをしながらランチをする、ということは「意識的行動」になります。

そこには、何かしら学習、情報収集などの目的が存在するからです。

次は「意識的行動」と「無意識的行動」をもっと突っ込んでみたいと思います、

成功の秘訣とは、目的に忠実であることだ。
The secret of success is constancy to purpose.

 by. ベンジャミン・ディズレーリ [英政治家・小説家]